当院では「上下肢の痙縮」に対するボツリヌス療法をおこなっています。

痙縮は、脳卒中や脊髄損傷の後遺症で、自分の意志とは関係なく筋緊張が高まってしまう症状です。

以前、医療関連の広告会社さんからボツリヌス療法についての質問・取材を受けた際に、
以下のような質問を受けました。

ボツリヌス療法についてかなり知識がある会社で、現状のボツリヌス療法の問題点を非常にするどく、的を射た質問になっています。

質問1: 痙縮患者のボツリヌス療法の治療率は510%と言われています。
  低い割合に留まっている要因は何だとお考えでしょうか?


質問2: ボツリヌス療法の継続期間は平均11.​6ヶ月だと言われています。
  脱落理由は何だとお考えでしょうか?


質問3: ボツリヌス療法にリハビリテーションも組み合わせてい​るとのことですが、
  やはりボツリヌス療法のみでは満足できる効果が得にくいのでしょ​うか?


質問4: 若い医師が自信をもって施注するには、
  どのよう学習・練習すれ​ばよいのでしょうか?

上記の質問については、臨床経験から、自分なりの明確な答えを持っていました。

 

ボツリヌス注射は「痙縮が重度だから」ということのみで射つのではありません

リハビリテーション医療は「活動」にフォーカスをあてた医療です」の中にあるように、
活動(生活動作)を中心に考える必要があります。

 その「痙縮」が

・生活にどのように影響しているのか?

・軽減すればどのように生活が良くなるのか?

・軽減するとどのようなデメリットが考えられるか?

などについて患者さんに説明し十分納得していただいた上で治療するものです。

 

ボツリヌス注の施注自体は筋肉注射であり、手技的に難しいものではありません。

2019.02 ボトックス治療
しかし、「どの筋肉」の痙縮を「どの程度」軽減すれば、生活上の「どの動作」が「どのように改善する」のかを予測するのには、多面的で十分なアセスメントが必要です。
身体機能から生活動作、生活背景までしっかり把握しないと決められません。

 

痙縮という「身体機能のみの評価で決められるものではない」ところに、この治療の難しさがあると思います。 

ですので、
質問1「痙縮患者のボツリヌス療法の治療率は510%と言われています。
 低い割合に留まっている要因は何だとお考えでしょうか?」の回答は、

痙縮があればボツリヌス療法をするわけではないので、
痙縮を軽減したことで今後の生活上のメリットが出ると考えられるケースはその程度(510%)なのかもしれません。
しかし、生活動作から生活背景まで詳細に評価すれば、もっと適応症例は増えるかもしれません。

質問2「ボツリヌス療法の継続期間は平均11.​6ヶ月だと言われています。
 脱落理由は何だとお考えでしょうか?」の回答は、

施注前から「予想される生活上のメリット・デメリット」を理解していただき、
予想通りの結果になれば、脱落することは少ないです。
生活面を反映した予測をできるだけ正確に立て、しっかり理解していただいたうえで治療することが大事になります。

質問3「ボツリヌス療法にリハビリテーションも組み合わせていらっしゃ​るとのことですが、
 やはりボツリヌス療法のみでは満足できる効果が得にくいのでしょ​うか?」の回答は、

痙縮が軽減したことで、ストレッチのしやすさ、装具の装着のしやすさなどが変わり、
セルフエクササイズも新たにすることで機能的な変化がより期待できます。
また、施注部および非施注部の筋緊張のコントロールの仕方を新たに覚えることで、生活動作がスムーズになることがあります。
これらを診断・指導・練習する必要があり、ボツリヌス注射の効果が出てきた1週間後くらいからの集中的なリハビリテーションが効果的なことが多いです。

質問4「若い医師が自信をもって施注するには、
 どのよう学習・練習すれ​ばよいのでしょうか?」の回答は、

筋注の手技自体の習得は、難しくないですが、身体機能から生活動作・背景全般を評価し、痙縮軽減後の予測を立てる能力が求められます。
そこは、経験ある医師とともに時間をかけて症例を学ぶ必要があると思います。

上記のように答えました。

 

取材後に広告会社の方から、
「制度と臨床の現場の間で、先生が直面されている悩ましい状況がとてもよくわかりました。また、ボツリヌス治療の実際も詳細にご教示いただき大変勉強にな​りました。

患者さんの生活や投与したその先まで考え、みていくことが何より​も重要であることなど、考えさせられることがたくさんありました」
との有難いお言葉をいただき、改めて自分としてもこれまでの仕事を振り返る機会にもなりました。


理解するのに少し難しい「ボツリヌス療法」の適応の正しい知識が広まって、この治療の適応のある方が、適切に治療を受けられるようになればと思います。

 

森山リハビリテーションクリニック 院長 和田真一

2019年2月25日公開
2021年10月14日更新